ざわめきも照明も消えない“普通”
11月下旬の愛知県・名古屋国際会議場。午前10時に入り口が開くと、静かだった大ホールにどっと人が流れ込んだ。車いすに乗った人、それを押す人、小中学生、小さな子連れの家族……。年齢も性別も、障がいの有無やその種類もさまざまだ。
観客席を見渡すと、目を引くのが最前部のスペース。「のびのび鑑賞席」と名付けられたこの空間は「夢いっぱいの特等席」の時だけ、5列分の座席を取り払ってつくられる。広々とした空間を、約70台の車いすと観客、介助者たちが埋め尽くしていく。
午前11時。ブザーが鳴り、迎えた開演。
弦、管、打楽器64人の奏者がそろっても、指揮者が現れても、客席の照明は落ちない。ざわめきも消えない。ホールのあちこちから物音や話し声が聞こえてくる。
それでも、3階席まで入った2000人の集中が空気を変える。誰もが、それぞれの形で、指揮者の振り上げた手に注意を向けている。
1曲目は『ウィリアム・テル』序曲「スイス軍の行進」。トランペット、ホルン、ティンパニのファンファーレで始まる。軽快なハーモニーが会場を包むと、雰囲気がまた変わる。音楽に合わせて手を叩く人、身体を揺らす人がいて、最前列で指揮棒を振る人までいる。音楽に身を委ねるうれしそうな姿に誘われて、付き添う人々の笑顔も広がっていく。
この光景が、20年続いてきた「夢いっぱいの特等席」の“普通”だ。
「始めてくれて、ありがとう」
「夢いっぱいの特等席」は、東海地方を代表するオーケストラ、公益財団法人「名古屋フィルハーモニー交響楽団」が1999年から開いている福祉コンサート。「障がいのある人も、小さな子どもとその親も、誰もが一緒に音楽を楽しめるように」と始まったという。
「誰もが」を実現するために、さまざまな工夫が凝らされている。
多くの車いすが入れるよう、冒頭の「のびのび鑑賞席」が設けられている。照明が明るいままなのは、演奏中でも移動できるように。声を上げても、音を立てても、とがめる人はいない。
コンサートは評判を呼び、来場者は初年度の1600人から増え、2019年度は名古屋、刈谷、東三河の県内3カ所4公演で約6300人。過去最高を記録した。
会場3階席にいた大河原佑太さんは、妻と生後8カ月の開智君と一緒に訪れた。夫婦でよく出かけたクラシックコンサート。息子にも生の音楽に触れてほしい。でも、幼児は入れない公演が多く、最近は踏みとどまることばかり。そんな時、このコンサートのチラシを見つけたという。
「来てみたら、周りにもたくさん子どもがいて、子どもが泣いても気にせず、安心して観ることができる。こんなコンサートはほかにない。始めてくれた方に『ありがとうございます』と伝えたいです」
きっかけは親子の“途中退席”
コンサートが始まったのは20年前。きっかけは、ある楽団職員の“気づき”だった。
楽団のいつもの演奏会。途中でぐずった子どもがいた。周囲を気にした母親は子どもを連れて席を立つ。その後ろ姿が目に止まる。
その気づきをきっかけに、「普段コンサートに来られない人、小さな子どもを持つ親や、障がいのある人たちにもオーケストラの素晴らしさを届けよう」と夢いっぱいの特等席が始まったという。
初期のころの楽団の文書に、こんな言葉が残っている。
〈演奏会に出向きさえすれば、誰でも気軽に音楽のもたらす感動に浸ることができる環境があるのです。そう、「演奏会に出向きさえすれば」、です。……その実行には大きな困難を伴う方々がいます。……何の気兼ねもなく、音楽を気軽に思うままに楽しめる『夢いっぱいの特等席』をプレゼントしようと、本企画を作成いたしました〉
「企画のことを聞いて、最初は驚きました」とバイオリニスト、坂本智英子さんは振り返る。「夢いっぱいの特等席」には、初回から奏者として参加しているという。
坂本さんによれば、最初、奏者の中には反対の声もあった。どんなコンサートになるか分からない。どんな準備をすればいいのかも分からない。第1回は、演奏する方も、聴く方も「おっかなびっくり」始まった。
それでも、反対していた人たちも、聴き手の反応、喜ぶ顔を目のあたりにして、賛成に転じていった。それぞれが少しずつ慣れていき、試行錯誤を重ねて今の形があるという。
「このコンサートは、音楽は分け隔てなく、万人のものであることを教えてくれる場です。オーケストラは、楽団だけでは成り立ちません。指揮者と奏者、観客が一つにならないと。一つになった時がオーケストラの醍醐味で、それを味わうためにそれぞれが努力する。一緒に努力する空間を共有できればと思っています」
「コンサートに限らず、出かけられる場が増えたらいい」
初めてのコンサートは大きな反響を呼んだ。
自閉症の子どもを持つ親たちは、楽団から招待を受けて驚いたという。「愛知県自閉症協会・つぼみの会」副理事長の岡田ひろみさんは「当時、自分の子どもは25歳。クラシックコンサートに親子で行くなんて、行けるなんて考えもしなかった」と振り返る。だから、初めてのコンサートの、1曲目の記憶は鮮明だ。
「絶対に聴けないと思ってたカルメンの名曲を聴いた時、みんな鳥肌が立っちゃって。子どもたちも音楽を聴く喜びを全身で表現して。こんなコンサートが20年も続くなんて、すばらしいことです」
参加団体は回を重ねるごとに増え、2019年は計237団体が参加する。
福祉作業所「わーくす昭和橋」に通う5人は、介助する職員たちと「のびのび鑑賞席」にいた。5人は20-30代。先天性の重度の脳性まひがあり、介助者が車いすを押して移動する。「わーくす昭和橋」の副主任、鈴木穂波さんによれば、1人に対して介助者1人が必要で、みんなでそろって外出することは難しい。
施設内でも音楽に触れる機会はある。けれど、コンサート会場で生の演奏を聴くと、その表情が普段とは全く違うという。自分たちなりのやり方でうれしい・楽しいを表現する姿を見ると、毎年参加するのが理想だ。だが、人手不足のために来ることができない年もある。
鈴木さんは言う。
「コンサートに限らず、仲間たちが出かけられる場が増えたらいい。そのために、いろいろな人に福祉について知ってほしい。福祉には、もっと人の手が必要です」
立場を変えて考える
「『やられた』と思いました。こんな福祉の形があるなんて」と、楽団専務理事の松本一彦さんは言う。初めてこのコンサートを見た時の衝撃をよく覚えているという。
名古屋市役所の職員として福祉行政に携わった経験がある。高齢者福祉部長や名古屋市北区長などを歴任し、2017年に退職。その後、楽団の専務理事に就任した。
「奏者が施設に出向くことは珍しくはありません。でも、障がいのある方たちが、それも重度の方を含め、こんなに多くの方々が集まるなんて、発想したことがありませんでした」
松本さんは続ける。
「人によっては移動だけでも大きな負担になる。だから、『聴ける環境』をつくることは大変です。楽団だけでなく、施設の方やボランティア、支援企業の方々も、みんながつくろうとしなければできないですよ」
大切なのは、立場を変えて考えることだという。「主語を変える」と松本さんは表現する。
介助する立場で考えると、「問題が起きたらどうしよう」「できない」「難しい」という言葉がどうしても口をついて出る。でも、音楽が必要な人の立場で考えたらどうだろう。「聴きたい」「出かけたい」かもしれない。
「人にとって、外に出て、映画やコンサートに行くのは“日常”です。それができない壁は何なのか。どうすれば乗り越えられるのか。このコンサートをヒントにすれば、“日常”をつくる福祉が、さまざまな形で実現できるのでは、と思います」
松本さんがもう一つ驚いたのが、会場の誰もが笑顔だったこと。観客も奏者も、重労働なはずの介助をする人たちも、会場運営を支える約100人のボランティアたちも。
「会場を見ると、聴いている人たちがどれだけ楽しんでいるかが伝わります。その姿を見て、『今年もやってよかった』とみんなが思う。その思いが、20年間続くエネルギーになっていると思います」
指揮者と奏者、観客が一緒に“壁”を取り払う
コンサートの時間は1時間。奏者による楽器紹介の後は、ヨハン・シュトラウス2世作曲の「雷鳴と稲妻」が会場を盛り上げる。クラシックの名曲に加えて、会場と一緒に歌う「幸せなら手をたたこう」や市民も演奏に参加する「ふるさと」を挟み、会場の熱気は増していく。
迎えたフィナーレ。指揮者の阿部未来さんが指揮を終えると、観客から花束のサプライズ。阿部さんが頭を下げると、拍手はさらに大きくなった。
終演後、控室で阿部さんに話を聞いた。
夢いっぱいの特等席で指揮をするのは今回が初めて。観客の息づかい、熱気、素直な反応が新鮮で、「こんなに反応が伝わるコンサートは少ない。熱気に圧倒されたコンサートでした」と話す。
「音楽には無限の力がある、と改めて感じました。人と人を結びつける力、元気のない時に勇気づける力、悲しい時に心を支える力……。そんな音楽の力をすべての人に届けたい。クラシックの敷居を、一緒に飛び越える指揮者でありたいです」
一人の小さな気づきから、コンサートは始まった。それを支える職員がいて、演奏に打ち込む奏者がいて、指揮者がいる。そこに、福祉施設や学校、ボランティア……多くの人たちの手が加わって、初めて届く音楽がある。
楽団専務理事の松本さんは言う。
「社会にはさまざまな壁があります。でも、その壁をみんなで取り払っていくような社会をつくっていきたい。それが私たちの夢です。このコンサートはその夢を、一緒に、実現していく場だと思っています」