柔らかい、目立たない、剥がれない——極薄の絆創膏
「絆創膏は指先に最もよく使われます。だから、肌に柔らかくフィットし、目立ちにくいこと、そして、水に濡れても剥がれにくいことが大事なんです。それをこの薄さで実現しました」
滋賀県工業技術総合センターのレンタルラボの一室。人差し指に付けた絆創膏をさすりながら話すのが、この絆創膏の開発担当者、東洋化学の窪田大亮さんだ。
独自技術で開発した「ハイドロコロイド絆創膏」の厚さはわずか0.3mm。近づかないと、貼ってあることが分からないほど手になじんで見える。窪田さんによれば、ハイドロコロイド素材を使った絆創膏は、売上実績で救急絆創膏市場の約3分の1を占めるまでシェアが広がっているという。
絆創膏による治療法はこれまで、傷口を乾かしてかさぶたをつくり、治癒を待つのが一般的だった。しかし近年、傷口を潤った状態に維持することで、皮膚の自然治癒力を高め、痛みをやわらげ、しかも傷を早くきれいに治すことができる「モイストヒーリング(湿潤療法)」に注目が集まっている。
傷口からにじみ出る体液を吸収・保持し、湿潤な環境を保つのが「ハイドロコロイド素材」。窪田さんらは、素材の機能性を維持しながら、絆創膏を極限まで薄くする技術開発に挑んでいる。
東洋化学は、1959年に創業の医薬品、医療機器などのメーカーで、主力製品は絆創膏。これまで、大手製薬会社やドラッグストア、薬局などが販売する絆創膏の製造を請け負うOEM(Original Equipment Manufacturing)をビジネスの中心としてきた。
そんな同社が自社製品の技術開発に踏み込んだ背景には、市場環境の大きな変化があったという。
加工型産業の「次」を模索
東洋化学が本格的な技術開発に踏み込んだのは、2007年のことだ。「このまま製造業者として生き残れるか、大きな危機感がありました」と、代表取締役の岡幸一さんは振り返る。
「今までは人口の増加に伴って市場が伸びていきました。しかし、これからは減っていく。さらに、材料を仕入れて加工するだけでは差別化できず、安く作れる海外へと仕事が流れ始めていました」
救急絆創膏の市場規模は約290億円。差別化の難しい従来の絆創膏は、安い海外製品の流入などにより価格競争の波に飲み込まれていったという。
そこへ、2004年に製薬大手の米ジョンソン・エンド・ジョンソンがハイドロコロイド絆創膏「キズパワーパッド」を発売。高価格帯にもかかわらず、モイストヒーリング用の新しい絆創膏は急速に広がりつつあった。
その後も製薬会社の市場からの撤退、ドラッグストアの参入や吸収合併など、市場環境は大きく変わり続ける。その中で、「これからの会社にとって必要なのは、競争力を持つ技術や製品を他に先駆けて開発することでした。だから、ハイドロコロイド絆創膏の技術開発も自社で行う必要があったんです」と岡さんは語る。
だが、当時は技術開発の設備も、ノウハウもほとんどない。方法を模索する中で、地域の中小企業のものづくりを支援している公設工業試験研究所(公設試)に行き着いたという。
「中小企業は技術開発をするにも、なかなか人材も集まらない。助成金などの情報も欲しい。公設試には、試験設備が豊富にあり、安価で使わせてもらえる。専門家も常駐し、アドバイスもいただけると期待しました」
“滋賀方式”で企業のものづくりを支える
JR草津駅から車で東へ約20分。県南部の栗東市に公設試、滋賀県工業技術総合センターはある。赤レンガの外壁が特徴的だ。
滋賀県の産業は大小のものづくり企業に支えられてきた。県内の総生産に占める製造業の割合は41.1%と全国一で、自動車、家電、化学工業を中心とする加工組立型の製造業者が多く集まる。製造業にとって根幹となる技術力を支えてきたのが、このセンターだ。技術相談は、年に10,000件。試験機器の利用開放、共同開発、研究会活動などを通じて支援してきた。
センターの特徴の一つは、試験機器の「全面開放」。約300種類の最新鋭の試験分析機器を自由に利用できる。所長の小川栄司さんは「この方式は公設試としては最後発だった滋賀で、新しいモデルとなる公設試をつくろうと始まった。今では全国に広がっている」と言う。
“滋賀方式”は試験機器の全面開放に留まらない。
「従来の公設試は『依頼試験』が主流で、企業からサンプルを預かって、試験結果のデータを渡すだけでした。ですが、当センターは、企業に開かれた研究室として使ってもらおうと整備されました。機器の使い方はもちろん、技術の背景知識や、得られたデータの見方を学んでいただいたり、開発につながる試験を共に考えたりしながら支援しています」
手探りで始まったセンターでの開発
東洋化学は、2007年末にセンター内にあるレンタルラボに入居した。
現場でハイドロコロイド絆創膏の開発を担当してきたのが、冒頭に紹介した窪田さん。粘着剤の加工会社から転職直後、できたばかりの開発部門に配属された。「技術部は部長を含めて3人しかいなくて、すぐ実践。右も左も分からず、最初は手探りでした」と当時を思い出す。
試行錯誤の開発に寄り添ったのが、センターの専門家だ。他社より付加価値の高い絆創膏とはどんなものか。それを知るために競合商品の化学的な組成を分析してもらったり、「貼り心地」をどう数値化できるかアドバイスを得たりしたという。課題の一つだった「肌へのなじみやすさ」は、粘着フィルムを一定の速度で引っ張ったときにかかる力の差で測ることができた。
製品の試作はほぼ手作業だ。試験データをもとに、素材の組成の配合などを改良していく。「納得いく製品ができるまでに作った試作品は160ほど。開発にあたって公設試が果たした役割は大きい」と窪田さんは言う。
「充実した設備を利用できただけではありません。われわれだけでは、どう改良すればよいか立ち止まってしまうときも、いろんな分野の専門家の知恵を借りて、乗り越えることができました」
手探りで始まったハイドロコロイド絆創膏の開発も、2年後には独自技術で製造が可能となり、OEM生産を開始した。さらに、2012年には一般用医薬品市場向けでは国内で初めてハイドロコロイド層(膏体)の製造を含む全工程の製造ラインを整備し、オリジナル製品を発売。その後も改良を重ねた自社製品は技術力が高く評価され、2015年に「関西ものづくり新選」に選ばれた。
2016年には現在の主力製品「キズクイック」シリーズを発売。2019年に発売した最新の「キズクイックFit」は、ハイドロコロイド層の厚さが0.15mmと業界最薄だ。「自社製品のラインナップは広がり、着実に売り上げを伸ばしている」と窪田さんは語る。
会社の未来をつくる新技術開発へ
東洋化学はレンタルラボを拠点に、2010年ごろからセンターとの共同開発も進めている。会社の将来を見据えた、「これまでにない絆創膏」の開発だという。
その一つが、「SMF」という名前の医療用粘着フィルム。皮膚になじみやすく、物理的ストレスが少ないことが特徴で、注射針や生体センサーを体に固定する医療用のフィルムなどとして活用が期待されるという。
「『皮膚に全く違和感がないフィルム』が開発コンセプトです」と窪田さん。コンセプトに基づいた素材の合成や評価方法などをセンターの専門家と共に考えていった。
平尾浩一さんは開発当初のセンターの担当者で、素材の基本設計や合成などを支援した。「医療用フィルムは伸びたら戻るように作るのが普通です。SMFは真逆の発想で、伸びても戻らない。伸びることで、肌になじんでいくんです。形が『変わらないように』ではなく、『変わるように』作ったわけです」と技術の独自性の高さを語る。
2016年にはこのフィルムの技術は2件の特許も取得。窪田さんは「2021年には製品化にこぎつけたい」と、実用化を目指した試作を重ねている。
自社製品開発の道のりは「まだ2、3割の段階」と東洋化学の岡さんは言う。
「今後はオリジナリティをどこまで出せるか、それと、いかに市場に受け入れられるか、です。今まで蓄積した技術を深めたり、展開したりしながら、体に貼る技術にこだわって、人の健康に貢献できる製品づくりを追究したいと思っています」
レンタルラボでは、口の中などの粘膜に貼り付けられる「湿潤粘着フィルム技術」の共同開発も進んでいるという。東洋化学だけではない。滋賀県にある多くのものづくり企業が公設試で、自慢の「技術力」を磨いている。そこに寄り添う専門家たちが、その挑戦を支えている。
滋賀県工業技術総合センター所長の小川さんは言う。
「新しいチャレンジの中から、次世代を担う新しい産業が生まれていく。その拠点として、支える存在として、このセンターはありたいと考えています」
10年先、20年先の未来は誰にも分からない。だが、そこに向けた準備は今から始めることができる。これからの日本のものづくりを支える新技術の開発が、センターでは今日も続けられている。