新型コロナで負担限界に
「(感染の広がった)春先は保育園も児童デイサービスも休業。精神的にきつかったです」
宜野湾市に住む仲村翔さんが、画面の向こう側からそう打ち明ける。隣には妻の紋野さん。二人の膝の上に、3歳の娘、夢杏(ゆあん)ちゃんが座ってこちら側をのぞいている。
夢杏ちゃんには脳や神経に先天的な障がいがある。食事や排せつなどの介助は欠かせず、1歳半で気管切開の手術もした。「夢杏は、健常の子よりも感染した時のリスクが大きい」と翔さんは話す。だからKukuruの訪問サービスの利用もしばらく控えていた。だが、自分たちに「もしも」があった場合、Kukuruしか頼るところがないことにも気づかされたという。
「私は消防士で24時間いつでも外に出なければいけない時があります。もし(自分たち)二人がかかったらどうするか、を考えた時、夢杏を預かってくれる環境は、現状ではKukuruさんしかありません」
Kukuruは、人工呼吸器やたん吸引などを日常的に必要とする「医療的ケア児」らの自宅療養を支援している。事業の柱は、看護師や介護士らが自宅を尋ねる訪問サービスと、医療型短期入所や日中一時支援といった一時預かりだ。
2020年の春は新型コロナウイルスの影響を受け、大半の人が訪問サービスの利用を自粛した。感染予防のため、施設は閉鎖。短期入所も受け入れ中止を余儀なくされたが、まだ感染拡大が続いていた7月、部分再開に踏み切った。
「親たちの介護負担が限界でした」とKukuru代表理事の鈴木恵さんは言う。
「緊急時でも子どもに必要なケアは変わらず、家族だけのケアには限界があります。なんとかしてお預かりしたいと、医療設備や感染予防の資材整備の支援を受け、5人用の大部屋を個室として使う形で再開に漕ぎ着けました。その後も、徐々に受け入れ数を増やしています」
取材をした10月時点では、訪問サービスの利用は以前の3分の2まで回復してきていた。先ほどの夢杏ちゃんの家族も利用を再開できて安心したと語る。紋野さんは「Kukuruは困ったときの最初の相談先。心の支えです」と言う。
夢杏ちゃんは生後6カ月の時からKukuruを利用してきた。医療機器を身に付けた夢杏ちゃんが入浴するには大人2人の手が必要で、家族では浴槽に入れることができなかった。Kukuruのサービスで、夢杏ちゃんは浴槽に浸かって遊ぶのが大好きになった。娘の小さな成長に寄り添ってくれるのが、紋野さんはうれしいという。
「介護に関することだけではなく、保育園のことも相談に乗ってくれたり、家族のことまで気にかけてくれたり。いつも近くで支えてくれています」
在宅医療の必要性は増加の一途
Kukuruの設立は2010年。立ち上げた鈴木さんは東京出身で、看護師として、重い障がいのある子どもの訪問看護に長年関わってきた。多くの親たちから「一度でいいから沖縄旅行をしてみたい」という声を聞き、「私が住めばできると思って、本当に引っ越した」のが沖縄移住のきっかけだったという。
2010年当時、移住した先の沖縄は在宅医療の支援がほとんどなかった。鈴木さんは必要なケアの“穴”を埋めるように、障がい者の旅行支援事業やたん吸引の研修事業から始め、訪問看護・介護などへと事業の幅を広げてきた。
事業は沖縄では初めての取り組みも多い。この3月には医師による小児専門の訪問診療事業を有床診療所としては初めて立ち上げた。鈴木さんはコロナの影響で「感染リスクの低い訪問診療の希望が増えている」と必要な支援の変化を語る。
その要望に応えて、持ち運べる内視鏡やエコーなど、訪問診療に必要な医療機器や資材も支援を受けて増強した。もともと医療的ケア児は通院の際に身に付けた機器も運ぶ必要があり、介護者の負担が大きかった。「自宅でも最低限の診療を受けられるようにしていきたい」と鈴木さんは話す。
それでもまだ在宅医療の支援は「十分」には遠いという。
「医療的ケア児の在宅医療支援は全国的に遅れている」とKukuruきっずクリニック院長の冨名腰義裕さんは指摘する。
「小児専門の訪問診療は全国的に手薄です。専門的な難しさがあるうえ、一般の小児科と同じようにトラブルを抱えるリスクもある。公立病院の医師や看護師が必要に迫られて診ていますが、訪問診療までは手が回らないのが実情です」
厚生労働省の推計によると、自宅での療養が必要な医療的ケア児(0〜19歳)は2018年時点で全国に約2万人いて、10年前から約2倍に増加。沖縄県内でも300人超いると推測されている。
冨名腰さんは言う。
「医療の進歩で、重症で生まれてきた子でも命が助かることは当たり前になっています。小児の在宅医療支援は、これからもっと必要になるでしょう」
「最初は利用にためらいがあった」
Kukuruは設立以来、子どものケアを通して、親などの介護者の休息をつくる「レスパイトサービス」に一貫して取り組んできた。「レスパイトサービス」とは、家族が一時的に介護から離れて用事を済ませたり、リフレッシュしたりするために提供される介護サービスの一つだ。
鈴木さん自身にも、障がいのある子どもの介護をした経験がある。小さい時は入退院を繰り返した。「朝5時に寝て、1、2時間後にはまた起きる生活。追い詰められていきました」と鈴木さんは振り返る。
そんな時に出会ったのがレスパイトサービスだったという。
「自宅にヘルパーさんに来てもらい、その間に自分は仕事に行く。自由に買い物できるうれしさ、(介護用の)荷物を持たずに移動できる楽さを実感しました」
だが、現在サービスを利用している宜野湾市の中田笑奈(えみな)さんに話を聞くと、「最初は利用にためらいがあった」と振り返る。どうしてだろうか。
5歳の長女、笑乃(えの)ちゃんは全前脳胞症という脳の病気で、人工呼吸器を付け、ベッドに寝たきりの状態で過ごしている。必要なケアが十分にされない不安があったのだという。
「脱水症状が起きないように尿の量を調整したり、腸にご飯を入れたり、胃液の量を測ったり。細かいケアがたくさん必要です。たくさんの利用者がいる施設では、放置されてしまうのではないかと不安だったんです」
2017年、診療を受けていた大学病院の看護師の紹介で、「少しでも介護の負担が軽くなれば」とKukuruの利用を始めてみた。週2回、夕方に自宅で笑乃ちゃんの入浴の介助などを受け、その間に買い物や、弟の保育園のお迎えなどを済ませている。短期入所の利用も始めた。
「預ければ預けるほど安心できるようになっていきました」と笑奈さん。Kukuruのスタッフは、細かなケアの要望にも耳を傾けてくれる。娘や家族のことを親身に考え、介護の工夫も教えてくれるという。
「Kukuruさんにお泊まりしに行く時は、娘が安心しているのが伝わってくるんです。私が安心しているのも伝わっているのかな。花火をしたり、プールに入ったり、家ではできないことを体験できて、いい刺激になっているようです」
夫の将也さんは会社員で、夜勤もある。この3月にも入院や手術があり、病院と自宅、会社を行き来する生活が続いた。「家族だけでは対処しきれない」と将也さんは言う。
「自分たちの親にも助けてもらいますが、親には親の生活もある。こういったサービスがなかったら、夫婦のどちらか、特に妻は精神的にまいっていたんじゃないかと思います」
“普通”をあきらめないで
中田さん夫妻と同じように、レスパイトサービスの利用を最初はためらう親が少なくない、と鈴木さんは言う。
「親が休むことを、育児放棄と考えてしまうんです。子どもの預け先に病院が多いこともあり、『子どもを嫌な目に合わせるくらいなら自分でなんとかしよう』と考えてしまうんです」
第三者から見れば明らかに無理をしていても、体調が悪くても、当の本人はなかなか気づかないことも多いという。「障がいのある人の介護は全て家族がみるもの」と思い込んでいる人もいる。
鈴木さんは続ける。
「障がいのある子どもを育てていると、子どもを連れてご飯に行くとか、友達と飲みに行くという“普通”のことがなかなかできなくなるんです。でも、そんな“普通”を子どもを理由にあきらめてほしくない。普通の子育てをしてほしいし、それができる社会にしたいと思っています」
Kukuruは、2019年9月に念願の拠点となる「Kukuru+(くくるプラス)」を那覇市内に立ち上げ、医療的な支援だけでなく、福祉や地域とつなぐ自立に向けた支援を複合的に行っている。 3階建ての施設には、診察・処置室、ショートステイルームのほか、コミュニティスペースやプール、大浴場などもある。「子どもにとって、五感を刺激することはすごく大事。家庭ではできない体験ができるようにしました」と鈴木さんは話す。
子どもが家を離れていろいろな体験をしたり、さまざまな人と関わることもまた“普通”のことだ、と鈴木さんは考えている。子どもの成長に障がいの有無は関係ない、と。
「ご飯の食べさせ方、たん吸引の仕方、抱っこの仕方、いろんな人に囲まれ、いろんな人のやり方に触れることで子どもは成長する。それがレスパイトサービスの本当の目的です。親以外の拠り所を増やすことが自立につながっていく。親が休めるのは副産物と考えてほしいと思っています」
誰もが“普通”の生活を願い、それを支える人たちが周りにいる。そんな社会を“普通”にしていきたい。“普通”が危うくなった今だからこそ、鈴木さんはそう考えている。