国内最大規模の自転車ロードレース、「ツアー・オブ・ジャパン」。今年は5月19日(日)から26日(日)にわたって開催され、第1ステージの堺から最終ステージの東京まで、計8つのステージにて国内・国外総勢16チームが激走を繰り広げました。
今回取り上げるのは、市制施行70周年を記念して開催された、相模原を舞台とした第7ステージ。当日のステージのレポートや、大会運営や相模原市、参加選手まで、さまざまな視点で本ステージの開催意義や魅力を紐解いていきます。

ツアー・オブ・ジャパン 相模原ステージについて詳しくはこちら

市街地と自然が調和したステージでの熾烈なレース

5月25日(土)、レース当日の相模原市はあいにくの曇り空でしたが、気温は20°Cと比較的過ごしやすい気候。レース前のパレードが始まる橋本公園には多くの人が集まり、レースへの熱い期待がひしひしと感じられました。

都市部にある橋本公園からスタート地点の旧小倉橋まで、4.8kmに及ぶパレードが開催されたあと、いよいよ串川・鳥屋地域を周回するレースの火蓋が切って落とされました。選手たちは前へ前へと、ときにお互いぶつかりそうになりながら、凄まじいスピードで走り抜けていきます。沿道には多くの地元の方やロードレースファンが集まり、白熱の試合を展開する選手たちに多くの声援を送っていました。

画像: 周回起点・フィニッシュポイントでは特に観客の声援に熱がこもる

周回起点・フィニッシュポイントでは特に観客の声援に熱がこもる

レースの進行とともに徐々に空も晴れ始め、沿道の声援もどんどん熱を増していきます。そしてスタートから約2時間24分、ついに先頭集団がフィニッシュ。1位はアスタナ カザクスタン ディベロップメント チームのマックス・ウォーカー選手。堺ステージと合わせて、大会2勝目を飾りました。国内勢も、日本ナショナルチームの兒島直樹選手が3位につけるなど、健闘していました。

画像: 入賞した各選手たちには惜しみない拍手が送られていた

入賞した各選手たちには惜しみない拍手が送られていた

相模原の自然風景や力強い応援を楽しみながら

レースの興奮が冷めやらない中、兒島直樹選手に相模原ステージの感想を伺うことができました。

兒島直樹選手:「沿道から太鼓の音が聞こえてきたり、たくさんの観客の方の応援を聞けたのは嬉しかったですし、楽しみながら走ることができました」

また、兒島選手にとって相模原ステージは、学生時代から慣れ親しんだコースだったのだとか。

画像: レース直後、快く取材に応じてくれた兒島選手

レース直後、快く取材に応じてくれた兒島選手

兒島直樹選手:「東京の大学に通っていたので、よくここまで練習に来ていたんですよ。だから道の特徴や、ここにマンホールがあるから注意しようとか、その辺りも知っていて。あとはレースに集中しつつも相模原のきれいな自然、特に宮ヶ瀬湖が見えてくると懐かしさもあって、リラックスして走ることができました。次の東京ステージも、最後なのでチーム一丸となって勝ちに行きたいです」

運営としても、自転車人としても特別な大会

また、レース後にはツアー・オブ・ジャパン2024の大会組織委員会委員長を務める栗村修氏からも、本ステージ開催の意義や思いを伺うことができました。

栗村修氏:「天候も良く、無事に終えられてよかったです。また、ツアー・オブ・ジャパンは地域貢献も開催意義の一つなので、多くのお客様に来ていただいて、相模原という町を知っていただけたのもよかったなと。
本ステージは元々、東京2020オリンピック・パラリンピックにおける自転車競技のレガシー事業として始まる予定だったんです。コロナ禍の影響で結果的に2021年の5月、五輪前の実施となったのですが、当時は緊急事態宣言の中だったので色々と大変でしたね。そんな1年目を乗り越えて、4年かけてようやくこうして通常開催できるようになり、とても感慨深いです」

穏やかながらも、内に秘めた情熱を語ってくれた栗村氏。実は本大会には観客、選手、監督、今の運営に至るまで、長きにわたり関わってきたのです。

栗村修氏:「元々JKAさん、競輪界のご支援を受け、1982年に前身の大会が始まって。私自身も少年時代から憧れの眼差しで観戦していました。日本の自転車競技の発展という命題を背負って続いてきた大会でもあるので、その脈々と受け継がれてきたものをつなげるという使命感を持って、これからも運営していきたいですね」

画像: 翌日の東京ステージも、大きな視点を持って挑みたいと語った栗村氏

翌日の東京ステージも、大きな視点を持って挑みたいと語った栗村氏

自転車のまちとしての魅力を創出するために

最後に、今回の補助事業先である、公益財団法人相模原市スポーツ協会様からコメントをいただきました。

「自転車レースという特性上、広範囲の交通規制が必要な大会。そのため、安全・安心な実施は大前提です。今回無事故で開催できたのは、本当に多くの方々の支えがあってのことなので、心から感謝しています。第1回目と同じオリンピックイヤー、かつコロナ禍を乗り越えての通常開催となった今年の相模原ステージは、相模原市におけるスポーツの盛り上がりを象徴するものになったのではと思います」

また、今後の協会としての展望も語ってくれました。

「この盛り上がりを一過性のものにせず、今後も継続していきたいです。また、ステージ開催だけでなく、観戦スポットでの和太鼓応援やマウンテンバイク体験などの催しも推進していきます。“自転車のまち 相模原”として地域の魅力創出を行い、サイクルツーリズムにつなげていけたら嬉しいですね」

閉会後の相模原市の空は、まるで大会や市の未来を表すかのように、爽やかに晴れわたっていました。

画像1: 自転車のまちとしての魅力を創出するために
画像2: 自転車のまちとしての魅力を創出するために

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