昨今、国内ベンチャー企業によるロケットの打ち上げなど、盛り上がりを見せている宇宙産業。そこで活躍しているのが超小型衛星です。衛星本体のサイズ感やコスト、開発期間が抑えられる一方で、打ち上げにかかるコストなど、課題が残っているのも現状です。

そんな中、注目されているのが、従来のロケットよりも安価で開発できるハイブリッドロケットです。特に神奈川大学の航空宇宙構造研究室と宇宙ロケット部が合同開発している超小型ハイブリッドロケットは、国内最高の到達高度を記録したことから多くの期待が寄せられています。今回は2024年12月に実施された「鈴木丸」打ち上げ実験の内容を中心に、超小型ハイブリッドロケットが秘める可能性について伺いました。

超小型ハイブリッドロケットで、宇宙研究や宇宙事業にもっと自由を

はじめに、超小型衛星やロケットが抱える課題とは何か。航空宇宙構造研究室代表の髙野敦教授に伺いました。

髙野教授:「電子機器の小型化や性能の向上により、超小型衛星の開発・打ち上げが研究機関だけでなく、ビジネスの世界でも盛んになっています。しかし、それらを打ち上げるロケットの費用は高額で、大型衛星を打ち上げる大型ロケットに“相乗り”しなければ採算が取れません。打ち上げ時期なども合わせなくてはならず、選択の自由がほとんどないのです」

超小型衛星単体で打ち上げができれば、宇宙研究や宇宙事業の可能性は広がっていくはず。では、どうやってコストの壁を越えるか——ポイントは、ロケットの燃料でした。

髙野教授:「従来のロケットは本体以外にも、使用される液体・固体燃料が爆発事故を起こすリスクがあるため、それに伴う法規制対応のための設備や、設備管理のコストがかかります。一方でハイブリッドロケットは爆発する危険性の少ない燃料や着火剤を使用しています。設備も人件費も少なく済むので、超小型衛星打ち上げに適しているんです。私たちが開発しているハイブリッドロケットは海洋再生プラスチックを着火剤に使用し、資源の再利用という点でも優れています。ただ、液体や固体燃料より推進力が弱いため、その改善のために我々は研究を続けています」

画像: ▲JAXAなどとの共同研究でも知られる髙野教授

▲JAXAなどとの共同研究でも知られる髙野教授

超えるのは、自分たちの記録

打ち上げコストを下げるロケットを研究・開発することが目的とはいえ、新しい分野への挑戦にはどうしても資金が必要。髙野教授もその点を思い悩んでいたようです。

髙野教授:「研究を進めるにつれ、大学の研究室レベルにとどまらない規模になってきまして……研究支援課に相談したところ、競輪とオートレースの補助事業を紹介してもらったんです」

無事に予算の懸念がなくなり、新たなロケットの開発に集中することができたのだとか。今回の打ち上げでは神奈川大学が2021年に記録した10.1kmという到達高度を超える、高度20kmが目標。過去の打ち上げから課題を設定し、乗り越えるためにさまざまな工夫を行ったそうです。

髙野教授:「2022年にも記録更新のためのロケットを開発しましたが、打ち上げ後の機体が回収できず……。今回はロケットの推進力を高め、機体回収のためにGPSを搭載したり、回収の訓練を行うなどの対策をしました」

徐々に打ち上げ日が迫っていく中、発射場が当初の予定地から福島県南相馬市に変更になるなどの調整もありました。

髙野教授:「南相馬市は震災からの復興の一環として、ドローンなどの試験場誘致をされていて、我々のロケットもその流れで誘致してくださったんです。つまり、ロケットなどの航空宇宙産業の誘致も、復興事業の一環として取り組まれているんですよ。そのため目標高度への到達や、ロケットの回収が目標ではありつつ、まずは事故が起きないようにと願っていました」

また、今回の打ち上げで学生のリーダーを務め、ロケットの名前の由来(鈴木丸)となった鈴木悠介さんも、打ち上げ前の心境を語ってくれました。

鈴木さん:「打ち上げ前は不安でいっぱいでした。準備やリハーサル期間は、自分の指示が直接現場に影響を与えるので、責任も大きいんです。作業スケジュールが遅れたときは、髙野先生から厳しい言葉をかけられることもありました。そのため、とにかく打ち上げ前も当日も、スケジュール管理や各作業員の動きを確認することに全力を尽くしました」

画像: ▲ロケットの準備は陽が上る前の深夜から始まった

▲ロケットの準備は陽が上る前の深夜から始まった

地域の人々の期待も背負って、ついに打ち上げへ!

12月14日(土)、AM2:30。まだ辺りが暗いうちから、ロケット打ち上げの準備は着々と進んでいました。ライトで照らされる表情は、どのメンバーも真剣そのもの。冬の厳しい寒さの中、ロケットにかける情熱がひしひしと伝わってきました。

画像: ▲ギリギリまで細かい調整やチェックは続いた

▲ギリギリまで細かい調整やチェックは続いた

AM5:00、朝日が空を染めはじめた頃に燃料注入がスタートし、いよいよ最終段階を迎えます。メンバーの緊張感も、期待も、最高潮に。そしてAM6:30、ついにロケットが明け方の空に向かって発射!轟音が辺りに響きわたり、誰もが願うような面持ちで行先を見つめます。10分も経たないうちに、ロケットは空に吸い込まれるように見えなくなりました。打ち上げ直後に見学に来ていた地元や一般の方々歓声を上げる一方、神奈川大学チームが大きな歓声をあげたのはそれから約1時間後のこと。ロケットが無事海上で見つかり、ようやく髙野教授をはじめメンバーに安堵の表情が広がっていました。

画像: ▲ロケット回収の報告に思わず笑みがこぼれた髙野教授

▲ロケット回収の報告に思わず笑みがこぼれた髙野教授

鈴木さん:「ロケットが打ち上がった直後は心が震えました。2022年の打ち上げ時はあくまでロケット部員の一人としての参加でしたが、今回は立場も責任も違ったからです。スケジュール面など至らないところもありましたが、仲間の助けもあり、打ち上げを成功することができたと思います。この経験を通してリーダーシップを身につけることができたのは、自分の中でも大きかったです」

鈴木さんは当日の様子を晴々とした表情で語ってくれました。また、髙野教授は打ち上げ後の感想と学生たちと関わるスタンスについて、次のようにお話ししていました。

画像: ▲鈴木さんの言葉からは、ひしひしと打ち上げに対する責任感が感じられた

▲鈴木さんの言葉からは、ひしひしと打ち上げに対する責任感が感じられた

髙野教授:「まずは無事に機体回収ができ、ホッとしました。学生たちも一人ひとりが責任を持って取り組んでいて、喜ばしかったです。私としては学生に対して教育というよりは、共同研究者として接しているんです。学生も面白くないと思うんですよ。答えがわかっていて、先生が道筋を教えてというのは。一緒になって悩んで、考えている姿を見せて初めて答えのない研究をしていることが伝わり、学びにつながると思っています」

ロケットが社会で役立つ未来のために

最後に髙野教授や鈴木さんから、今後の目標や展望についてもコメントをいただきました。

髙野教授:「今回残念ながら記録更新はできなかったのですが、機体が回収できたので次回はより正確な改善ができると思います。研究室としては打ち上げ高度100kmを目指し、超小型衛星の軌道投入を目標にしていますが、一方でそれより手前の高度の実験や観測に関しても機会を増やせたら良いですね。超小型衛星は宇宙研究だけでなく、農業や漁業の観測から海難救助、機体から流れ星を放出するエンターテイメントなど、さまざまな分野で活躍できるので、我々の研究が可能性を広げることにつながれば嬉しいです」

鈴木さん:「ハイブリッドロケットの作り方から打ち上げまでを学んだだけでなく、学生代表として多くの経験を積ませていただきました。将来的には自ら事業を立ち上げたいと思っており、ここでの経験は非常に役立つと考えています。もちろん、自分が学ぶだけで終わらせず、後輩たちにも還元していきたいですね。例えば一人ひとりが全体的な視点を持つことの大切さなどを、継承できたらと考えています」

研究室メンバーの志は、ハイブリッドロケットが目指す高度と同じくらいに高く、今後への期待が感じられました。

画像: ▲明け方の幻想的な空へと飛んでいくロケット

▲明け方の幻想的な空へと飛んでいくロケット

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