苦境に立つ「技術のまち」
「まちの中小企業は深刻な人手不足に直面しています」と大垣市内に本社を構える田口鉄工所の取締役、田口頼之さんは嘆く。まず、若者の流出が止まらない。そこにリーマンショックや団塊世代の大量退職が追い討ちをかけた。仕事はあるのに人手不足で受注ができず、会社を畳んだ経営者もいたという。
岐阜県南西部に位置する大垣市は、岐阜市に次ぐ約16万人の人口を抱えている。繊維や機械の製造で栄えてきたが、市内の製造業は成長に陰りが見える。経済産業省の工業統計調査によれば、ピークだった1991年と2018年を比べると、製造業の従業者数は2万3827人から1万6380人と3割減少。出荷額も6168億円から2割減って4978億円となった。
IT化や新興国の台頭などにより、全国の「技術のまち」は大きな変革期を迎えている。田口さんは、大垣の中小企業も時代に合わせ、新しいものづくりに転換する必要があると考えている。そのためには若い力が必要だが、「若者のものづくり離れが進んでいます」と肩を落とす。
「ものづくりのセンスがある高校生がいても、『将来は市役所で働きたい』と言うんです。製造業は、いまの若い子には魅力的ではなくなっています」
まちを挙げて「先端技術のものづくり」
逆境に立つ大垣市が「技術のまち」であり続けるために始めたことがある。
それは「先端技術のものづくり」を掲げ、ロボット事業をまちとして推し進めることだ。経産省とNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の調査によると、ロボット市場は2035年までに9.7兆円規模への拡大が見込まれる。大垣市は昨年度には「ロボット等活用まちづくり指針」をまとめ、医療・健康分野や行政サービスにおけるロボットの導入、ロボット産業への新規参入の支援などを進めている。
中でも力を入れるのが、まちの未来を担う子どもたちのロボット・プログラミング教育。市内の小学校では、2020年度から全国で必修になるプログラミング教育を、1年前倒しで導入した。
とりわけ、大垣の子どもたちを熱中させているのが「ロボカップ」というロボット同士の競技。それも、人が操作するのではなく、プログラムによってロボットが「自分で考えて」動く競技だという。この9月、ロボカップジュニア・おおがきオープン大会(大垣観光協会など主催)が市内で開かれると聞き、大会会場となる「大垣市情報工房」を訪れた。
午前9時半、会場の控え室は子どもたちでいっぱいになっていた。「このプログラムでいいよね」「電池は充電できてる?」——。選手同士のそんなやり取りがあちこちから聞こえてくる。競技開始まであと1時間。部屋の中の緊張感が、少しずつ高まっていくのが分かる。
ロボカップは、人工知能やロボットの研究・普及を進めるため、1992年に日本で始まった。「2050年までにサッカーの世界チャンピオンチームに勝てる、自律移動の人型ロボットチームを作る」を目標に、世界大会も開かれる。19歳以下が対象のジュニア部門では、2台ずつのロボットで行う「サッカー」、障害物を乗り越えて被災者に見立てたボールを救出する「レスキュー」、人とロボットが一緒になってダンスや演技を披露する「オンステージ」の3種目がある。
ロボットにのめり込む子どもたち
「サッカー」の控え室に、誰よりも早く会場に駆けつけた男の子がいた。森悠太さん。地元の小学5年生。昨年秋に市内で開かれたロボカップ講座をきっかけにロボットにのめり込み、今年春には全国大会出場を果たした。同級生の髙井創羽さんと組むコンビ「牛乳定食」は今大会の優勝候補だ。
パソコンと自作のマシンを机に置いて、二人で最後の打ち合わせ。プログラムに穴はないか、機体の状態は万全か、何度も確かめる。試合前の準備は1時間以上も続いているけれど、二人の目は真剣なまま。どうしてここまで夢中になれるのか——。
森さんの相棒、髙井さんは言う。
「自分の入れたプログラムの通りにロボットが動いてくれた時がとてもうれしいです」
「子どもののびしろを奪わないように」
控え室に親や学校の教師の姿はなく、運営スタッフ以外の大人はいない。
ロボカップジュニア大垣ノード事務局の浅野暁子さんによれば、子どもの自主性を重んじるのがロボカップジュニアの理念。小学生であっても、機体づくりやプログラミングはもちろん、大会参加の手続きまで自分たちで行う。試合中の大人による助言は「反則行為」となってしまう。
「子どもののびしろを奪わないためです。主役は子どもたち。大人の役目は、その環境を支えることです」
浅野さんは子ども向けのロボカップ講座も担当する。「教えるのは初歩の部分だけ。子どもたちはすぐに私を越えて、友だちや先輩に聞くか、ウェブで調べています」
すると、すぐそばで話を聞いていた選手の一人、北嶋克地さん(小学校5年生)が「(浅野さんに教わったのは)最初の最初の、最初だけだったね!」とうれしそうに言った。それを聞いた浅野さんもまた、うれしそうに「そうね」とうなずく。浅野さんによれば、北嶋さんは昨年からプログラミングを始めたばかり。でも、今年春にはロボカップの全国大会に出場するほど成長したのだという。
勝負を分けるのは、プログラミング技術
午前10時半。各コートで予選リーグの試合が始まった。会場内に熱気が立ちこめる。ロボット同士がぶつかる音、審判の掛け声、そこに、無数のモーター音が重なっていく。
「牛乳定食」の第2試合。相手は前述の北嶋さんと髙畑惺さん(小学6年生)の「KSKT」。お互いに今年春の全国大会に進んだ、優勝候補同士の対戦だ。
コート中央に黒いボールが置かれ、選手たちはそれぞれ自分のロボットを手にスタンバイ。主審の試合開始の合図で電源を入れると、ロボットたちは一斉に、ボール目がけてモーター音を響かせる。
ロボットには、ボールが「見えている」かのようだ。
ロボカップ用のボールは赤外線を放っている。ロボットは、その赤外線をセンサーで捕まえるのだ。見つけたボールを相手ゴールに押し込んだり、迫り来るボールから自陣のゴールを守ったり。ボールを見失うと、その場でぐるぐる回ったり、さまざまな方向に進んでみたり。周りの状況に応じて、臨機応変に動けるロボットは強い。だから、プログラミング技術がものを言う。
試合は前半開始30秒を過ぎたところで動いた。ボールを捕らえたKSKTのロボットが、牛乳定食のゴールを襲う。ロボットはボールを押したまま進み、ボールごとゴールに突っ込むようにシュート。審判が「ゴール」と宣言すると、北嶋さんは「よしっ」と拳を突き上げた。
激戦の末、得点は0-1のまま。勝ったKSKTが、午後の決勝リーグへと進むことになった。
繊維から自動車、次は「ロボット」へ
「ロボット」の導入は日本の産業全体の課題でもある。
経済産業省の中小企業白書(2019年版)によれば、企業の生産性向上にはIoTやAIの活用が欠かせないが、中小企業は先端技術の導入には消極的。「導入意向はない」と答えた企業が半数を超え、他国と比べて大きく遅れている。背景には「導入後のビジネスモデルが不明確」「使いこなす人材がいない」と不安があるという。
一方で、大垣市長の小川敏さんは近い将来日本でも、ロボットの導入が一気に進むと考えている。だからこそ、企業支援はもちろん、子どもの教育に力を注ぐ。
「ロボットは、製造業はもちろん行政や福祉、日々の生活の中でも活躍するようになるでしょう。ロボット産業ではさまざまなベンチャー企業が活躍している。小さな企業が独自のものをつくる、大垣らしいものづくりができると思っています」
大垣市内には揖斐川をはじめ多くの河川がある。豊富な水資源を利用して、農業はもちろん、さまざまな製造業が花開いた歴史がある。大正時代に入るといち早く「電気」に着目し、水力発電を利用して繊維業を工場化。繊維業の衰退後は、自動車部品や精密機器、フィルムなどの製造へと主幹産業を移していったという。「繊維から自動車のまちへと変わってきたけれど、これからはロボットの時代です」と小川さんは話す。
ロボットが開く中小企業の可能性
こうしたまちづくりの中から、ロボット事業に乗り出す企業も市内に生まれている。冒頭に紹介した田口鉄工所はその一つ。1951年に創業し、産業用ロボットの部品など精密機械を造ってきた。最近になって、中小企業の製造ラインを自動化するために、ロボットを使用した機械システムの導入提案や設計、組立などを行う「ロボットシステムインテグレータ(ロボットSIer)」の事業を始めたという。
取締役の田口頼之さんによれば、中小企業の製造ラインは小さく、ロボットの導入が大企業より難しい。自社にロボットを入れた際の苦労や工夫から、中小企業向けに、小さな規模でロボットを取り入れ、既存の製造ラインも活用できるシステムを売ることにしたという。
「中小企業にとっては、少しでも省力化を進めることが鍵。ロボットの進化はさらに進むでしょう。使いこなせれば、中小企業にしかできないものづくりができるはずです」
同じく取締役の田口薫さんもロボット事業に思い入れがある。ロボットを活用すれば、女性が製造業に入りやすくなると期待しているからだ。
薫さんは言う。
「今まで男性が多かったのは、重いものを動かす力がどうしても必要だから。でも、ロボットを使えば関係ないですよね。新しい人が業界に入れば、新しいアイデアが生まれてくる。女の子たちには、とにかくロボットに触れてみて、面白さを知ってもらいたいです」
子どもたちの夢が未来をつくる
ロボカップジュニアの「サッカー」で決勝リーグへと進んだ大垣市の「KSKT」は、1勝1敗で準優勝に輝いた。そんなKSKTの二人には目標があるという。
それは、年明けの大会で勝ち進み、全国の舞台で戦うこと。
そして、いつか大人になったら、髙畑さんは介護に役立つロボットをつくる仕事をしたいという。体が不自由なひいおばあちゃんを見てきたから。北嶋さんは、宇宙を探索するロボットをつくりたい。誰も見たことがないものを発見したいから。
「どうしてロボカップを始めたばかりの子どもたちが、全国大会に進めたと思いますか?」——。ロボカップジュニア大垣ノード長であり、IT企業の代表取締役の川瀬尚志さんが、取材中に問いかけてきた。
「それだけ努力した、ということです。目が真剣。スポーツに夢中になっている子どもと同じですよ。数年後、彼らが大きくなったら、次の後輩を教えられるようになってほしい。そして、いつか我々と同じ仕事に就いてくれたら、このまちにとっても、日本のものづくり全体にとっても心強いことだと思いませんか?」
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