環境規制で、輸出ができなくなる
「“認証”を取らないと、製品を納められなくなったんです」
ニッポン高度紙工業の専務執行役員、近森俊二さんはそう話す。2000年代初頭、廃棄された電子機器による環境汚染が、国際的な問題になり始めていた頃の話だ。有害物質への規制が強まる中、EU主導で2003年に告示されたRoHS指令(施行は2006年)の影響は特に大きかったという。
RoHS指令は、電気・電子機器に使われる鉛や水銀、カドミウムなどの使用を制限する法律。物質の濃度が基準値を超えるとEUの市場に出せなくなるため、製品を輸出する企業にとって対応は不可欠となった。
海外事業の展開に力を入れてきたニッポン高度紙工業も、当然影響を受け始める。
同社の主力製品は、「セパレータ」と呼ばれる絶縁体。パソコンや冷蔵庫などほとんどの電化製品に欠かせないコンデンサや、電池の素材として使われている。薄いものでは、厚さはわずか15マイクロメートル。精密な製品が求められる中、同社のセパレータは厚さや密度の均一さ、ショートの原因になる不純物の少なさが高く評価され、紙のアルミ電解コンデンサ用セパレータでは国内シェア95%、世界シェア60%を占める。「グローバルニッチトップ企業」として、業界ではよく知られた存在だ。
近森さんによれば、RoHS指令で初めに規制された6物質は、“紙”である同社のセパレータ製造では入りようがない。当初は取引先のコンデンサメーカーなどに対してそれを説明するだけでよかったが、次第に、製造工程の“川下”から“川上”へと規制が厳しくなっていったという。
例えば、テレビを売るためにRoHS指令の認証を得るためには、液晶パネルやコンデンサなどの部品メーカーも検査が必要になる。さらに“川上”で、部品メーカーに材料を納品をするニッポン高度紙工業のような素材メーカーも対応を迫られたのだ。「だんだんとルールが厳しくなり、年に1度、数値を測定して認証を受けなければならなくなりました」と近森さんが言う。
自前で分析装置などを導入すれば、初期投資だけでも「億単位」に上り、維持費も膨大になる。検査をする“人”も必要だ。そんな時、当時の担当者が協力を求めたのが、地元の公設工業試験研究所(公設試)、高知県工業技術センターだったという。
地域企業の要望に応え、品質評価の技術を磨く
公設試とは、地域の企業に対して技術指導や共同研究、情報提供などさまざまな形で支援を行う地方自治体の研究機関。製品や原料の分析や測定を行う「依頼試験・分析」も重要な役割の一つだ。中でも、JKAが支援してきた高知県工業技術センターはこの分野に強い。2020年10月には、民間企業も含めた75団体が参加する学会の技能試験で、唯一、全検査で高精度の結果を出したほどだ。
「RoHS指令に対応する検査は、全国の公設試でも例がありませんでした」と、同センター資源環境課の主任研究員、岡﨑由佳さんは振り返る。物質が「入っていない」ことを証明するには、高い精度での検査が必要だ。そこで、センターを挙げてRoHS指令に対応していくことを決めた。
岡﨑さんは言う。
「自分たちの役割は、地域の企業を支えること。その中で、ニッポン高度紙工業のような技術力のある企業が我々を頼ってくれた。これにはできる限り応えなければと思いました」
RoHS指令への対応には、これまでの依頼試験で培ってきた知識や技術が生きた。JKAの支援も受け、検査機器もそろえ、2012年2月には、RoHS指令に対応する試験所の能力に関する国際規格「ISO/IEC 17025」認定を全国の公設試で初めて取得した。
しかし、当初はどうしても乗り越えられないハードルがあった。それが規制物質の中の、二つの臭化物(ポリ臭化ビフェニール、ポリ臭化ジフェニルエーテル)の検査だ。指定された検査方法が煩雑で時間がかかり、必要な物資も高額になる。コストがかかりすぎて、センターでの検査は難しかった。
打開策を探ったのが、岡﨑さんの同僚、隅田隆さんだ。
隅田さんは「すでにある機械を活用できないか」と、10年ほど前から使われなくなっていた分析機器を応用することを考えた。たどり着いたのが「全臭素」を検出する手法だ。この手法では、規制された二つの物質量は特定はできない代わりに、「全ての臭化物の量」を量ることができる。「全ての臭化物の量が基準値以下なら、二つの物質量も基準値以下だと証明できる」と考えたのだ。
隅田さんらは約1年間にわたって研究を重ね、素材を燃焼させることによってさらに確実に分析ができる手法を確立。発表した論文は学会からも高い評価を得た。数年後には、全臭素を検出する方法もRoHS指令の検査として正式に認められる。同センターが確立した手法が“追認”された形だ。RoHS指令の全物質に対応できるようになったことで、検査依頼も劇的に増えた。県内の複数の企業がRoHS指令の検査を利用しており、県外の企業や公設試からも利用や問い合わせがあるという。
岡﨑さんはこう振り返る。
「RoHS指令への対応は企業のメリットだけでなく、私たちの技術力に付加価値を付けることにもつながりました」
センターの“検査”だけではない支援
実は、RoHS指令の検査は、民間の検査会社に依頼するという手もある。むしろ全国的には、民間の検査会社に依頼することが多い。それでも、ニッポン高度紙工業が高知県工業技術センターに頼むのはなぜだろうか。
同社で環境管理を担当する吉永真也さんがその理由を教えてくれた。
「検査会社に依頼を出すと、“結果”が返ってくるだけです。一方、(高知県工業技術)センターは、結果について丁寧な説明をしてくれる。何か手違いがあった場合にはチェックをして、気づいたことを教えてくれる。何より距離が近く、対応がとても早いんです」
製造業の少ない高知には、国際的な基準に耐えられる検査会社はない。だから、RoHS指令に限らず、さまざまな検査に素早く対応してくれる公設試の存在は貴重だ。最新の規制や素材についての情報交換や勉強会の場もあり、「自社だけでは把握しきれない海外の文献についても調べ、教えてくれる」と言う。
高知で世界トップシェアを維持できるのは?
ニッポン高度紙工業は1941年の創業以来、“紙”に特化して成長を続けてきた。手漉きの土佐和紙に加工を施して、水に強い「高度紙」として売り出したのが始まりだ。この「高度紙」をもとに紙製のコンデンサ用セパレータを開発。日本の電子産業の発達とともに急成長を遂げ、同社の製品は世界へと飛び出した。
近年は低価格の外国製品が勢いを増す中、高い付加価値の製品が求められている。同社は電気自動車や太陽光発電などで大きな需要が見込まれるリチウムイオン電池用セパレータなどにも力を入れる。素材や厚さなどは用途に合わせてさまざまで、その種類はおよそ350に上る。
多種多様な製品を作り分ける高い技術力は、取引先の依頼に応えてきた結果だという。
「徹底した顧客本位。顧客の要望に応えてきた結果、いまのニッポン高度紙工業がある」と前出の専務執行役員、近森さんは話す。
「満足する品質や性能を聞きながら、我々のOBたちがさまざまな要望に応えていきました。品質を上げ、信頼を得ていった。その結果、紙の種類、厚さもさまざまな多種多様なセパレータを作れるようになり、それが我々の強みになっています」
ただ、環境規制はこれからさらに厳しくなることが予想されている。近森さんはこう話していた。
「対応せざるを得ないと思います。禁止物質が入っていないことを証明できないと、部品メーカーに採用されることはない。対応は、絶対条件だと思ってます」
地元の公設試は「検査や情報交換などさまざまな面で応援をしてくれる」。その存在は、今後も重要性を増していくという。
「最先端の品質評価で、ニッチトップ企業を支えたい」
一方の高知県工業技術センターの岡﨑さんらは「依頼検査はどこの公設試もやっていること」と控えめだ。だが、「高知」ならではの支援の形ももちろんある。
高知県工業技術センターの技術次長、河野敏夫さんによれば、高知県には、原料や材料を製造している“川上”の企業が多い。こうした産業構造があり、センターでは分析に力を入れるようになってきたという。
「“川上”にいる企業は、自社だけで最終的な製品の付加価値を高めることは難しいのが現実です。ですから、公設試としては、製品の品質を高い精度で分析し、客観的な立場から保証することが一番の支援になる。国内だけで通用する基準ではなく、世界的な品質を保証するために技術力を高めてきました」
高知県は都市部から離れており、工業生産には地理的に不利な土地だ。その中でも生き残り続けている企業は「オンリーワン」の技術を生かし、「地域に根付いてきた企業」なのだという。
河野さんが続ける。
「高知にはユニークさを磨いてきた企業が残っています。“紙”を追究したのが、ニッポン高度紙工業。とがった技術を持つ企業に対して、我々は技術面では相手になりません。できるのは、企業が行き詰まった時、困った時に支えること。それが地方の公設試のこれからの仕事になると考えています」
「地域から世界へ」という企業を支えるために、高知県工業技術センターにできることが検査による“品質保証”だったという。トップを走る企業を支え続けたことで、技術力も確実に上げてきた。「先端」を行く企業を支えることで、検査の分野で「先端」にいるのが高知県工業技術センターだ。「期待に応えたい」——。その思いが、世界で勝負できる製品づくりを支えている。
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