「公設試(公設試験研究機関)はものづくりのパートナー」——。ヤシノミ洗剤や洗濯石鹸、消毒液など、衛生・環境・健康に関する製品で知られる「サラヤ」で、商品開発を担当する松村玲子さんは言う。大阪で生まれた同社は創業当初から公設試の支援を受け、製品開発や社員の育成に取り組んできた。頼りにしたのは、高精度の分析力はもちろん、技術者の育成にまで「一歩踏み込む」支援のかたちだ。サラヤだけではない。ものづくりの盛んな大阪で、生み出される商品の開発に手を添えてきたのが、ここ大阪産業技術研究所だという。いったい、どんな「支援」が行われているのだろうか。2023年2月、和泉と森之宮の両センターを訪ねて取材した。
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「ものづくりのパートナー」になるには?—地方独立行政法人 大阪産業技術研究所

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全国から技術者が集まる

森之宮センターにある実験室に、さまざまな企業で研究開発に関わる技術者5名が全国から集まった。同センターに導入された、質量分析装置の研修を受けるためだ。

講師を務めるのは、同センターで働く環境技術研究部の研究員・大橋博之さん。分析装置のそばに立ち、試料を手に使い方を解説していく。

画像: 森之宮センターで始まった質量分析の研修

森之宮センターで始まった質量分析の研修

質量分析法とは、さまざまな物質を原子・分子レベルで測定し、組成や量を突き止める方法。原材料の成分分析、不良品の原因解明、新しい性能の発見など、幅広い産業分野で応用できる。

高性能な質量分析装置の一つで、液体中の物質の詳細を解析できる「LC-Q-ToF MS(略称LC-MS)」を、競輪とオートレースの補助事業を活用して導入しようと提案したのも大橋さんだ。今回の研修は、機械の活用を広げるために補助事業で企画したという。

その狙いを、大橋さんはこう語る。

「質量分析はバイオ分野でよく使われている分析法です。バイオに限らず、さまざまなものづくりの品質管理や、製品開発に活用できる可能性がある。弊所には知識とノウハウの蓄積があるので、活用の裾野が広がるよう研修を企画したんです」

画像: 大阪産業技術研究所 環境技術研究部の大橋博之さん

大阪産業技術研究所 環境技術研究部の大橋博之さん

エビデンスをベースにした製品開発

集まった技術者の中に、サラヤで食品分野の商品開発を担う飯田一希さんがいた。受託研究員として同センターで研究開発を行いながら、技術指導も受けているという。

「科学技術は日々大きく進歩しています。我々のような中小企業が、それを全て把握することはハードルが高い。ですが、追いつかないと、新しい製品を世に送り出せません。こうした研修を受けられることは非常にありがたいです」

画像: 実習に参加するサラヤ バイオケミカル研究所 係長の飯田一希さん

実習に参加するサラヤ バイオケミカル研究所 係長の飯田一希さん

サラヤの創業は1952年。公設試との関係は、創業当初にまでさかのぼる。

「自然派をコンセプトとした商品開発には、品質管理とエビデンスの両面が重要なんです」

同社で商品開発を担うバイオケミカル研究所で、手指環境衛生グループのグループ長を務める松村玲子さんはそう語る。

画像: サラヤ バイオケミカル研究所 手指環境衛生グループの松村玲子さん

サラヤ バイオケミカル研究所 手指環境衛生グループの松村玲子さん

環境負荷の少なさ、安全性の高さを追究し、合成香料や着色料が無添加の洗剤や消毒液などを手がけ、国内外に事業を広げてきた。その原材料は、ヤシの実やパーム油をはじめ、植物由来のものがほとんど。品質管理が難しい分、性能を客観的に裏づけることが重要になるのだという。

「『安心』と『安全』。この二つをお届けするには、分析が不可欠。そのための技術を身につけることが、非常に重要なんです」

ただ、中小企業が自社だけで、「スペシャリスト」を育てることは難しい。分析に必要な機器も次々と最新のものが開発され、自前でそろえることも現実的ではない。そうしたとき、頼りになるのが公設試だという。

質量分析から生まれた新素材

「製品開発には、トラブルがつきもの」と語るのは、サラヤの技術支援を担当してきた佐藤博文さん。森之宮センターで生物・生活材料研究部の主任研究員を務める質量分析の専門家だ。

例えば、「サイレントチェンジ」と呼ばれる現象がある。

「工業製品は原料を他社に頼ることが多いのですが、実は、同じ名前の原料でも、組成が変わることがよくある。これが、サイレントチェンジ。おかしいなと思ったら、いち早く気づくことが重要です」

同じ原料、同じ作り方で製造していても、中身が変わってしまうことがある。異変が起きたときに、「なぜそうなったのか」を正確に知る手段のひとつが、質量分析法だ。

画像: 大阪産業技術研究所 生物・生活材料研究部の佐藤博文さん

大阪産業技術研究所 生物・生活材料研究部の佐藤博文さん

質量分析ができる機関は全国にいくつもある。ただ、一般的にはデータの提供で終わるところを、もう一歩踏み込んで支援するのが、公設試の役割だと佐藤さんら研究員は考えている。

だから、結果を伝えるだけでは終わらない。データを読み解き、技術者に伝え、ともに考える。そうした伴走を続けてきたからこそ、「自社で解決できないことでも、ここに来れば解決できる」と松村さんが言うほどに、企業の担当者からも信頼されている。

そうした関係を積み重ねるなかで、新たな発見もある。

原料の成分を分析するなかで、未知の性能が発見され、新たな事業に発展することがあるのだ。

そんな原料の一つが、サラヤが開発に成功した天然の界面活性剤「ソホロースリピッド」。化学合成で作られる界面活性剤が多い中、同社は天然酵母の発酵での生産に成功した。環境への負荷が低く、素肌に優しい界面活性剤として、化粧品や洗剤などで活用が広がっている。その組成の分析、安全性や品質の管理、特許取得までの一連のプロセスに佐藤さんたちが伴走した。

化学合成を使わない界面活性剤——。サラヤにとっての新たな挑戦には、「パートナー」としての公設試の存在が欠かせなかった、と松村さんは振り返る。

「新しいことにチャレンジをするときに、なかなか踏み出せないことがある。でも、ここに相談しに来ると、スペシャリストに丁寧に教えていただけて、『意外とできるかも』と思えてくる。同じ研究者として、技術者のモチベーションアップにもつながり、研究が加速していきます」

画像: サラヤの製品の一部。中央にある「ラクトフェリン ラボ」という化粧品に、天然の界面活性剤が使われている

サラヤの製品の一部。中央にある「ラクトフェリン ラボ」という化粧品に、天然の界面活性剤が使われている

日進月歩の科学技術を取り入れる

研修には、「大阪」に限らず、全国から参加者が集まっていた。東京から来たニッコー化学研究所の佐藤匠さんは、「こういった研修は関東でも少ない。実物の機械を見て、触れられるのは貴重な機会」と語る。

京都から参加した福田金属箔粉工業の木村茂幸さんは、自分の専門分野にも応用できそうだという。

「私の専門は、金属などを扱う無機材料化学です。有機材料の分析手法を学ぶことで、違う目線から材料開発に応用できそうです。社内(の同じ専門の技術者)だけでは常識として済ませてしまうことを、違う目線で説明していただける。新鮮でありがたいです」

画像: 実習に参加するニッコー化学研究所 開発室の佐藤匠さん

実習に参加するニッコー化学研究所 開発室の佐藤匠さん

先端技術で、ものづくり産業を支える

大阪産業技術研究所は、年間7万件の技術相談を受ける西日本最大の公設試だ。技術者の育成も柱の一つ。支援の「幅の広さ」が特徴となっている。

和泉センターで経営企画を担当する、法人経営本部 兼 和泉センター企画部長の松永崇さんは、「大阪府内は、さまざまな業種が活動しているので、対応できる技術分野も多岐にわたる」と語る。

画像: 大阪産業技術研究所 法人経営本部 兼 和泉センター企画部の松永崇さん

大阪産業技術研究所 法人経営本部 兼 和泉センター企画部の松永崇さん

大阪産業技術研究所は、旧大阪府立産業技術総合研究所(現和泉センター)と旧大阪市立工業研究所(現森之宮センター)が統合し、2017年に新設された。

前者の得意分野は、機械・加工、金属、電気・電子などを中心に幅広く、後者は、化学、高分子、バイオ・食品、ナノ材料などの分野に関わるものづくり企業を支援していた。

両機関が統合されたことで、ほぼすべてのものづくり産業の課題に応える態勢ができた。競輪とオートレースの補助事業も、多岐に渡る機械設備の導入、研究活動、人材育成研修などに活用されている。

近年、和泉センターが力を入れているのが、3D造形技術イノベーションセンターなど、未来のものづくり産業の創出に向けた設備だ。

画像: 3Dセンターの金属3Dプリンタ。レーザーで素材の金属粉末を溶かし固めながら何層にも積層した部品を作る

3Dセンターの金属3Dプリンタ。レーザーで素材の金属粉末を溶かし固めながら何層にも積層した部品を作る

画像: 3Dプリンタで作られた部品や試作品

3Dプリンタで作られた部品や試作品

ただ、すべての企業が先端技術に取り組んでいるわけではない。地域に多いのは、既存製品を地道に扱う成熟産業に関わる企業だ。そんな企業が日々向き合う業務に寄り添うことを大切にしている、と松永さんは言う。

「日々の製品開発やトラブル、クレーム対応などで技術相談に来られる方も非常に多い。そういった支援業務にも、我々の研究活動で得られた知見やノウハウ、知識などを活かしています」

画像: 「EMC技術開発支援センター」の電波暗室。西日本最大級。精密機器などへの電磁波の影響などを検査できる

「EMC技術開発支援センター」の電波暗室。西日本最大級。精密機器などへの電磁波の影響などを検査できる

“ものづくり企業のベストパートナー”として

さまざまな企業のチャレンジに現場で寄り添うのが、200名を超える各分野の研究員だ。産官学連携の共同研究、技術シーズを探る自主的な研究活動などを行う一方で、そこで得られた知見を技術相談や研修を通じて企業支援に役立てている。

画像: においの成分を測定できる機械。においの再現などの研究が進む

においの成分を測定できる機械。においの再現などの研究が進む

画像: リモートで使える走査電子顕微鏡。 競輪とオートレースの補助事業で、全国の公設試で初めて導入された。 企業のオフィスなど遠隔地からでも操作できる

リモートで使える走査電子顕微鏡。
競輪とオートレースの補助事業で、全国の公設試で初めて導入された。
企業のオフィスなど遠隔地からでも操作できる

前出の佐藤さんは、「さまざまなタイプの技術支援ができる研究員がいること」が大阪産業技術研究所の強みだと言う。

「一歩踏み込んだ技術支援ができる研究員がいる、というのが私たちの売り。知と技術の支援拠点として、企業の役に立てるよう努力していきたいと思っています」

大橋さんが目指すのは、先端研究を社会につなぐ役割だ。

「我々は、企業のニーズにも、大学の最先端の研究にも触れられる、すごく特殊な立場の研究者。その立場を生かして、企業の課題を解決できる最先端の技術を、我々が“翻訳者”になって提供する。そういう体制をつくっていくことで、企業の利益になることができればと思っています」

大阪産業技術研究所は、「ものづくり企業のベストパートナー」を掲げる。最先端の技術を伝え、地域の企業の挑戦を支えていく。単なる行政サービスを超えた、公設試の姿がそこにある。

画像: 和泉センター

和泉センター

画像: 森之宮センター

森之宮センター

画像: “ものづくり企業のベストパートナー”として

※撮影時のみマスクを外すご協力を得て撮影を実施しています。

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